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2004/08/12

JAL 123便

今日8月12日は、日航ジャンボ機123便が墜落事故を起こした日として多くの人たちに記憶されているはずです。
私は別に事故の遺族でもなんでもないのですが、
520名もの命を奪ったこの事件を忘れることができません。

しかし、この事故もしくは“事件”は釈然としないことが多いのです。
事故当時、私は高校生でしたが変だなと感じたことがたくさんあったと記憶しています。

墜落原因が不明であること。
事故後の原因究明の結果、最終的に機体後部の圧力隔壁が破損し、
そのために垂直尾翼を失い、
迷走飛行の末、墜落したとの報告でした。

しかし、飛行機に詳しい友人などに言わせると、
圧力隔壁自体は重要な部品ではあるが、
その部分の破損が垂直尾翼を破壊するほどのパワーを生むとは考えにくいとのことでした。

墜落現場の特定がなぜあんなに遅かったのか?
迷走飛行中の機体を多くの住民や米軍が捕捉していたのにも関わらず、
事故現場を特定できず見当違いの方角に救助隊を送っていた。
しかもだ、
事故直後に現場を特定した米軍ヘリが、
救助体制でスタンバイしていたのに、
日本側より米軍への協力要請をしなかったこと。
米軍を引き返させる理由はなんだったのか?

操縦困難なのになぜ、山間部に向かったのか?
通常は操縦不能で空港に戻れる可能性も低い場合、
胴体着陸を試みます。
問題はそのポイントをどこにするかなんです。
普通は着陸時に地上の人々を巻き込まない場所を選びます。
たとえば草原とか海上とか砂漠とか、
とにかくだだっ広い場所が最適です。

公開されたボイスレコーダーの音声から考えると、
クルーの必死の努力によって機体が困難ながらも的確にコントロールされていたことがわかります。
それならなぜ太平洋への着水を試みなかったのか?
また、横田基地ともコンタクトしていた形跡もあり、
基地を目前にしてなんで山奥に向かったのか?

とにかく謎だらけの航空機事故です。

事故の遺族や関係者の高齢化が報じられています。
ここで恐ろしいのは事故が風化してしまうことです。

辛いことかもしれませんが、
遺族の方には真実を究明するためにも、
機会があれば事故を語り継いでいってほしい。
本当に忘却ほど怖いものはないのです。

真実を究明しようという皆さんの地道な姿が、
当時の日航や官民を問わず事故に関係した人たちの心を開かせるんじゃないですか?

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日航機墜落事故から20年、遺族らが慰霊登山とのこと、この記事をみて改めてヒコーキ [続きを読む]

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