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2004/10/11

私が好きだったプロレス

 私はプロレスが好きだ。
 物心ついた頃からテレビ番組で一番好きなプログラムは『ワールドプロレスリング』で毎週欠かさず観ていた。

 幼児期の私を夢中にさせた対戦カードは、「ストロング小林VSアントニオ猪木」とか、「ウイリアム・ルスカVSアントニオ猪木」とか、だいたいが猪木がらみの怪しげな試合。

 小林と猪木が調印式みたいな会見で掴み合いの乱闘を始めたときはドキドキした。

 とにかく就学以前の私にとってプロレスは衝撃的で“外人レスラー”と互角に渡りあっている猪木や坂口が不思議でならなかった。

 外人レスラーの持つ一種独特の雰囲気というか風格というのは私に恐怖心を与えた。
 「アンドレ・ザ・ジャイアントと試合するなんて無謀すぎる!」と思い、仕事とはいえ戦わなくてはならない猪木を不憫に思ったものだ。
 子供に同情されて猪木も迷惑だったかもしれないが。
 それぐらいアンドレの存在は異常だった。

 そしてタイガー・ジェット・シンだ。
 あそこまで悪のイメージを貫きとおし、猪木と渡り合ったレスラーはシンを除いて見当たらない。
 一流の悪役に徹しきったシンは本当に凄かった。
 全日本のブッチャーが徐々に“笑い”の対象としてユーモラスな存在に変化し、ある意味市民権を得ていったのとは正反対に位置している。

 シンは狂人なのだ!

 外人レスラーといえば悪役というイメージが定着していた時代ではあったが、シンは違った。
 「外人だから悪いレスラー」なのではなく、「悪い人がレスラーになった」としか思えなかった。
 私は犯罪者を見るかのようにシンと接していたのだった。

 『この世の中にタイガー・ジェット・シンより悪い人間はいない!』
 真面目に私は信じていた。
 リングにサーベルを持ち込ませるレフェリーが許せなかった。
 シンのパートナーの上田馬之助をぶっ殺してやりたかった。

 シンは己を変化させようとしなかったし、周囲もシンの扱いをを変えなかった。
 だから私は『ワールドプロレスリング』を観続けたのだと思う。

 ハンセンやブロディは私の中で過去の人になりつつある。
 なぜか?
 強いけれど何処にでもいそうなアメリカ人にしか見えなくなっていったから。
 普通の人なんかプロレスにはいらない。
 わざわざ高いお金を払って普通の人を観る理由はないから。
 普通に運動能力の優れた人を観たけりゃオリンピックで十分でしょ。

 プロレスの危機が叫ばれて久しい。
 K-1や総合格闘技に押されているという。
 私もそれらの格闘技は好きだしよく観ている。
 だけどK-1や総合の選手達に畏怖の念を持つことは無い。

 私はK-1の選手等を普通の競技人という風にしか認識することができない。
 普通の強い人達の試合を観て感動はできても、恐怖や憎しみといった感情をもつことは不可能だからだ。
 プロレスは観衆に恐怖や憎しみを体験させてくれる。

 非常識で非日常なプロレスが絶えてしまうことは無い。
 総合格闘技が廃れてもプロレスは存在し続けるはずだ。
 だけど最近のプロレスに魅力を感じないのも事実だ。
 なんでだ?

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