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2004年11月

2004/11/22

もっとジンギスカン!

 はじめに。
 ジンギスカンといっても「蒼き狼」といわれた偉大なる征服者の方ではありませんので、あしからず。

 北海道で生活したことのある私にとってはジンギスカンは郷愁をさそう味覚です。

 皆さんは北海道の味覚といったら何を連想しますか?
 ほとんどの方は、毛蟹や帆立にウニといった海の幸。
 馬鈴薯、とうきび、メロンに代表される山の幸。
 以上のような食べ物を思い浮かべるんじゃないですか?

 北海道の美味しいものは数え切れません・・・
 だけど、本当に北海道でしか美味しさを満喫できないものは何でしょう?
 それはジンギスカンなんです!
 本州でも焼肉屋によってはメニューに加えているお店もあります。
 ですが人気が有るとはいえません。

 はっきり言って、日陰者の存在です。
 「臭い」「くせがある」といったネガティブなイメージが先行気味です。
 今後もこの傾向は変わらないものと私は考えます。

 スーパーの食肉コーナーで見かけることもありません。
 なぜなら、「まずい」ので皆が買わないのです。
 「まずい」という看板を背負わされているので誰も食べたがらないのです。

 職場で「ジンギスカンが嫌い」という人がいましたので私は質問をしました。
 私 「ジンギスカンのどんなところが嫌いなの?」
 同僚 「嫌いもなにも、食べたいと思わないから全然食べたことが無い」
 呆れてしまいました・・・
 聴いたこともない歌手や、観たことも無い映画を知ったふりして批評するのと同じなんですから。

 ジンギスカン以外の北海道名物は好き嫌いの差はあったとしても、「美味しい食べ物」として認知されています。
 なぜか、ジンギスカンだけが絶対的に「まずい料理」という揺るぎようがないイメージを植えつけられ、不当な評価にさらされ続けています。

 世界中どこへ行っても羊肉ほどポピュラーな食肉は他に存在しないのですけどね。

 私はジンギスカンが好きですし、「いつでも普通に食べられる北海道人がうらやましいな」と思っています。
 北海道の皆さんはジンギスカンがすきですか?
 ジンギスカンはこのままでいいのでしょうか?
 普通すぎて考えたことが無いかもしれませんが、だからこそ考えてください。

 “ジンギスカン”の復権のために道庁のお役人の皆さんも何か方策を打ち出して下さい。
消費者がウィルスや抗生物質や化学薬品に汚染された牛肉なんか食べないで済むようにしてほしいのですよ・・・

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2004/11/20

血液型性格判断の嘘

 あなたは占いが好きですか?
 例えば「占星術」とか「姓名判断」とか「風水」なんてのも流行りましたね。
 他にも「コーヒー占い」とか「人相」、「手相」とか様々な種類の“占い”がこの世には存在しますね。

 古来には時の権力者が一国の命運を占いや信仰に委ねた時代もありました。
 では、現代の日本ではどうなのでしょう?
 昨今の日本国内の占い事情を鑑みると、ちょっと心配なことがあります。

 なんで、「血液型性格判断」が一般市民の間で、ごく当たり前のように普及し定着してしまったのだろう。
 しかも、かなりの影響力をもっている。
 某民放の健康番組ですら血液型性格判断をテーマにすることがある。
 「血液型性格判断」は占いの範疇を超えて、科学的なものとして扱われることがある。
 これって問題じゃない?

 そもそも血液に人間の性格や行動パターンを左右するだけの要素があるのだろうか?
 まずは「血液型性格判断」のルーツを知る必要がある。

 ABO式の血液型が人間の性格形成に影響を与えているという説が、日本では当たり前のことですが、医学的には全く根拠がありません。世界的にみても自分の血液型にこだわる民族は日本人くらいでしょう。
 自分の血液型すら知らない人の方が世の中では大多数なんですよ。

 「血液型性格判断」は日本独自のものなんです。
 知ってましたか?
 これだけでインチキ臭くなってきたでしょ?

 ちょっと説明しますと、
 明治維新後の文明開化により様々な西洋文化が日本に取り入れられました。
 そんな西洋から齎された風俗の一つに占いがありました。西洋占星術やトランプ占いなどがそうです。
 一大ブームを築くことはありませんでしたが、西洋占星術は婦女子を中心に定着しました。
 そうすると星座占いの解説本が出版され小銭を稼いだ方々もいたようです。

 そこに目を付けたのが古川竹二’なる怪しい人物。

 日本にも伝統的な易学がありましたが、直接占い師や霊媒の元に出向き宣託をいただくという仰々しいもので手軽なものではなかったんですね。

 古川は人々がオカルトや神秘的なことに強い興味を持っており、それの関連商品を出すことで商売として成立することを利用して自分も成功したいと考えました。
 ありきたりなものを題材にしては世の関心を集めませんので、古川は西洋にも東洋にもない占いを“新たに考案する必要”に駆られました。
 古川が悩んだ末に発表したのが『血液型気質相関説』という説です。
 その説がどのくらい世間に受け入れられたのか当時の様子を知ることは出来ません。
 しかし、はっきりしていることは、血液型性格判断というのは、
お金もうけに必死だった古川竹二が付け焼き刃に考案した学説ということ。

 現在にいたる血液型性格判断の基礎が築かれたのは昭和40年代のことです。
 能見正比古・俊賢親子という輩がカビの生え忘れ去られようとしていた「血液型気質相関説」を『血液型性格学』とか『血液型人間学』とかいう名称で現代に復活させたのです。
 さも、学術的根拠があるかのごとく“学”という文字を使用して。

 大村政男という大学教授が約200名の女子大生を対象にある実験をしたことがあります。
 能見の書籍から各血液の特徴を書き出し女子大生にどの程度当たっているか判断してもらったのです。
 ただし、O型をA型に、A型をB型に、B型をAB型に、AB型をO型に、シャッフルした状態で。
 結果は8割~9割の学生が「当たっている」と納得しました。
 自分の血液型と全く違う血液型のコメントなのにですよ?
 いいかげんですよね。

 大村政男氏によれば『血液型性格判断』には大きなトリックがあると指摘しています。

(1)フリーサイズ効果
 各血液型の特徴とされている性格はその血液だけのものではない。フリーサイズのTシャツのようなものでどの血液型にも当てはまる。

(2)ラベリング効果
 誰にでもある性格に、A型、B型、O型、AB型というラベルをつけると、その血液型に固有の特徴と思い込んでしまう。

(3)インプリンティング効果
 A型の特徴はこれだ!といわれると、それが心の中に刷り込まれてしまい、半永久的に忘れられないものになってしまう。

 どうです?
 ここまで読んでもまだ『血液型性格判断』を信じるのですか?

 西洋の占星術や中国の易学などは真偽のほどはさておき、永い膨大な年月を駆使して完成されてきたものであり、統計学的な要素も強いと言われています。
 実際に今日の天文学とかの基盤を築いたわけですからね。
 一概に占いだからインチキとは言いきれない位の価値と説得力があります。

 それに占いというものは本来は利益を上げるために存在するのではなく、迷っている人を導くためのものであってほしいです。

 しかし『血液型性格判断』の場合は根本から間違っている!
 最初っから商売っ気丸出しの、銭金至上主義の日本人実業家が考案したものなんですから。
 そんなものに躍らされる国民もどうかと思いますが。

 単なる遊び感覚で血液型を話題にするならいいです。
 だけど、実社会の重要な決定事項を下す場面においても血液型を考慮する企業とか組織があると話しは別。
 黙ってられねーよ!

 実際に私の地元の、ある大手の建設会社では採用や職員配置の際に、血液型を重要視しているという噂がある。
 他にもこんな会社あるんでしょうか?
 薄気味悪い話ですよね。
 生まれ持った自身の血液によって待遇が差別されるんですから。
 人種差別や部落差別と似たような問題だと思うのですよ。
 だって特定の民族や人種だとか、ある特定の地域やその出身者の身内ってだけで差別しているのと変わりないじゃないですか!
 前近代的すぎますよ。

 だいたい、血液ってのは人間の体に必要な酸素と栄養分を全身に運ぶのが主たる目的の液体なんです。
 皆さん知ってるでしょ?
 そんな液体に人間の性格や気質を作用するだけのパワーがあるわけ無いじゃないですか!

 21世紀は『血液型性格判断』という名の『血液型差別』をこの地上から葬り去る世紀にしましょう。

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2004/11/14

クラプトンとチャック・ノリスの顔

 一部の方々に微妙に好評な「顔」シリーズ。
 今回のお題はロック界を代表するギタリスト、エリック・クラプトンです。

 クラプトンの顔を語る前に、彼の本業であるギターテクについて考えよう!
 彼はいわゆる“3大ギタリスト”の一人である。
 他の2人はジェフ・ベックとジミー・ペイジである。
 3人とも共通しているのは『ヤードバーズ』に所属していたこと。

 一般的にベックは「スティール」と評されるように、鋭く革新的なギターミュージックの可能性を追求している人とされている。いまだに現役バリバリなのも偉いです。尊敬してます。

ソロ代表作“ブロウ・バイ・ブロウ”
↓↓↓
beck1.gif

 ジミー・ペイジとは勿論レッド・ツェッペリンのあの人のことです。
 ペイジは3大ギタリストの中で最も演奏がヘタクソだとされている。
 ギタリストとして崇められているのに演奏は下手だというのはなんとも面白い話だ。
 ペイジが評価されているのは「プロデュース能力」とのこと。
 ギタリストとしての能力自体はたいしたことないが、アレンジメントやマネージメントに優れていて他のギタリストには真似できないスケールの大きな曲やコンセプトを持ったアルバムを作った人とされている。
 しかし、その評価もなんだか怪しいものらしいのだ。
 ペイジのオリジナルとされているZEPPの曲のかなり多くの曲が他のアーティスト、特に古いブルースマンの曲を無断借用したもの、簡単に表現すると“パクリ”らしい。
 これってかなり致命的なことなんですよね。
 プロデュースの才能によってベックやクラプトンと同列に語られ、ロック史に名を刻まれているのだから。
 肝心のプロデュースが実は古いブルースナンバーだったってことは、ペイジは何もしていないで金を儲けただけの盗人と呼ばれても反論しようが無いのです。
 きちんとクレジットしておけば皆から虐められないで済んだのに。

レッド・ツェッペリンの“1sT”
↓↓↓
zepp1.jpg

 そして今回の主役、エリック・クラプトンについて。
 クラプトンの異名は“スロー・ハンド”
 詳しいことは知らないけれど昔からそう呼ばれている。
 彼はヤードバーズの後クリームやデレク・アンド・ドミノス、ソロ活動でずっと第一線で活躍していた。
 途中ドラッグでヘロヘロになって廃人みたいな時期もあったけど、コンスタントに作品を発表し続けている。
 最近はアンプラグド物やチャリティーコンサートに頻繁に参加し老醜をさらしている。
 完全にジジイですね。
 老いた姿でブルースナンバーを爪弾く光景を「味がある」なんて絶賛する人が多いけど、あれはただの年寄りですよ。
 ロックは伝統芸能や伝承文化になっちゃいけないから。
 比較すること自体が可哀想だし無理があるんだけど、どんなに頑張ってもクラプトンはジミ・ヘンドリックスになれない。
kuraputon.jpg

 私が最近のクラプトンにのめりこめない理由はもう一つある。
 あの老いた顔がチャック・ノリスにしか見えないからだ。
 あの超B級アクション俳優のチャック・ノリスだ。
 ゴリゴリの保守派でレーガン時代は共産圏やアラブの兵士を映画の中で殺戮しまくっていた、あのチャック・ノリスである。
 ノリスは今も熱狂的な共和党支持者で、今回の大統領選挙でもブッシュ陣営を強烈にプッシュしたのだ。
 ハリウッドの肉体派俳優には馬鹿な人が多いですね。
 一応、元全米空手チャンピオンという肩書きを持っている人ですが、あんまりアクションは綺麗じゃないですね。
 ブルース・リーの『ドラゴンへの道』でリーと戦っていますが、リアルなファイターであるリーとダンス空手の王者のノリスでは迫力が全然違います。
 インチキ寸止めダンス空手なんか観なくていいです。非実戦的な上段蹴りばっかり。
doragon.jpg

 そんな阿呆のチャック・ノリスのニュース映像を見ていて誰かに似ているなーと思いつつ悶々とした毎日を過ごして
いました。
 しかしそれが確信に変わる日がついに訪れました。
 ザ・フーのロック・オペラ『トミー』のDVDが発売されたのです。
 『トミー』の中で3重苦のトミーをなんとか治したい母親が新興宗教の教会へトミーを連れて行く場面があるんです。
 新興宗教の司祭はギターを奏でながら登場し人々の病気を癒す音楽を提供します。
 なんともインチキ臭い宗教なんですが、その宗教の司祭役がクラプトンなんですよ。
 見た瞬間、「チャック・ノリスだ!」と叫びそうになった。
 微妙な長髪、しょぼくれた表情、うつろな目、全てが『デルタ・フォース』のチャック・ノリスなんです。

 とにかくクラプトンには活動の場を選んで欲しい。
 なんかのイベントにこじつけて“復活”を繰り返さないでください。
 もうウンザリです。

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鴨川つばめとマカロニ2

makaroni.jpg

 かつて少年チャンピオンでとてつもなく面白いギャグ漫画が連載されていた。
 ドカベンやブラックジャックが連載されていた頃である。
 彗星のごとく出現し、一瞬のきらめきと共に消えていった幻の漫画・・・
 その名は『マカロニほうれん荘』!!!

 沖田そうじ(高校1年)
 膝方歳三(高校1年、落第10回生、25歳、拳法の達人)
 きんどう日曜(高校1年、落第30回生?45歳、オカマ)
 以上3名が主人公で「ほうれん荘3人組」と呼ばれている。
 そうじは被害者キャラで膝方さんときんどうさん(落第コンビ)に居候されている。
 ギャグの中心は常に落第コンビで、そうじはツッコミ担当。
 ありがちな設定ですが面白かった!

 いまだに絶大な支持を得ている作品である。
 作者は九州出身の鴨川つばめ!

 説明しにくいのだけど、この漫画はギャグ漫画としては笑いのポイントが難しい。
 一度はまれば大爆笑間違いなしなのだが、万人向けの漫画ではないのだ。

 少年誌に連載されていた作品であるが、作者の趣味や嗜好が濃厚に反映されていて「わかる人にはわかる」的な要素が強い。
 鴨川つばめはとにかく“ロック”と“ミリタリー物”が好きなのだ。
 そして“ブルース・リー”

 当時全盛期だったレッド・ツェッペリンやディープ・パープル。
 売り出し中だった“クイーン”や“エアロスミス”。
 上記のようなメジャーなバンドを登場させる以外にもロック的な味付けが随所にちりばめられている。
 なんたってジミー・ペイジが「本当に」かっこよかった時代だもん。
 スターが本当に“スター”だった時代・・・

 そしてミリタリー物!
 はっきり言って、鴨川つばめは軍事オタクだと思う。
 彼の描く武器や兵器、兵装は異様なほどリアルだ!
 小学生だった私が人間魚雷「回天」を知ったのもマカロニだった!
 たぶん戦記物を読みあさっていたのだろう。
 しかし彼は押し付けがましくないのだ。
 私は松本零士も大好きだけど鴨川つばめの場合、第2次大戦を扱った題材でも悲壮感は全く無い。
 「ギャグ漫画に悲壮感は不必要だろっ」とおっしゃる方もいるでしょうが、それまでの漫画は戦争物というとなんか後ろめたさみたいなものが存在したような気がする。

 鴨川つばめは格闘技全般にも造詣が深い。
 「カラテ映画」がブーム後期の頃だったのでブルース・リーっぽいカットが多く、今さらながらブルース・リーが当時の世界に与えた影響の巨大さに圧倒されてしまう。

 そんな個人的趣味満載の『マカロニほうれん荘』がなぜ受けたのか?
 答えは難しい。
 今の時代なら漫画の方向性が多様化しすぎているし、趣味や嗜好が前面に押し出されていても、興味が無ければただ無視されるだけである。
 当時としても「浮いていた」マカロニがなぜ生き残れたのか。
 なぜ、当時の少年チャンピオンの看板作品だったのか。
 私は作品の持つ疾走感じゃないかと考える。
 この漫画は読者に感情移入させる猶予を与えず、ギャグの洪水に溺れさせてしまうのです。
 練りに練ったネタで笑えるオチを読者に与えるのが常だった時代に、ハイスピードのスラッシュメタルのごとくギャグのギターリフ攻撃をしかけるのだ。
 間髪入れない必要以上のギャグの物量攻撃で読者に爆撃をしかける鴨川つばめ。
 読者の反応は完全無視!
 「黙って俺の漫画を読んでくれ!」という感じかな?

sihainin5.jpg

 鴨川つばめは『マカロニほうれん荘』で一時代を築き、漫画界の寵児となった。
 しかし彼はコミックスにして9巻の『マカロニ』を残し漫画界から姿を消した。
 9巻目に収録されている連載終了間際の作品はとても痛々しく目を背けたくなる。
 絵が荒れているのだ。
 あきらかに作品のバランスは崩壊しており、爆発的なギャグは失われていた。
 疾走感を失ったロックの末路は哀れだ。
 〝もう描けないんだよ!〟という叫びが聞こえてきそうだった。

 作品の終盤で落第コンビの膝方さんが実は売れっ子絵本作家だということが判明。
 皆の尊敬を集めるようになってギャグをかましても笑われなくなってしまう。
 笑いものにされたいのに誰も笑ってくれない。
 そんな状況に息苦しさを感じはじめた膝方さんにきんどうさんは気付く。
 そして落第コンビはそうじと別れ街を去る決心をする。
 そうじが眠りにつくなか小舟で海に漕ぎ出す落第コンビ。
 「そうじ元気でなー」
 こんな悲しいギャグ漫画のラストシーンは初めてだった。
 というか、こんなに鮮明に覚えているギャグ漫画のラストシーンは他に存在しない。
 今読み直してみても悲しい気分になる。
 「もう2度と鴨川つばめには会えないんだな」と思った。

 天才のきらめきを失いコミック業界から消えたかに思えた鴨川つばめ。
 しかし彼は再び我々の前に現れた。
 『マカロニ2』という奇妙な作品を引っさげて・・・

 『マカロニ2』のエピソードは別の機会に。

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喜多方ラーメンは美味いか?

以前に書いた記事なんですが一部手直しします。
「るるぶ」とかテレビ東京の旅番組で騙されないために。
貴重な時間を無駄に過ごさないために。

味で評価されたというより宣伝力の凄さですね、喜多方ラーメンは。
地元の行政機関や商工会議所の売り込み方が巧妙だったのでしょう。
また、それにのせられたというか、企画に飢えていたマスコミが飛びついたというか。

喜多方のラーメンはまさにメディアの犯罪だ。
本当に食べてみて美味しいと思ってんのかな?
美味しいと思い込ませられたんだよ日本人みんなが。

私は実際に食べてみて不味いと感じました。
私の周囲でも美味しいという人は誰もいません。

私は先入観は持たずに喜多方ラーメンを食べました。
本当に期待していたんです。
何百キロも自動車を運転して食べに行ったので「美味しいラーメンに出会えたら最高だな」と、ワクワクしていのです。

しかし、何ですか?
喜多方駅前の平○食堂のラーメンは。
客を馬鹿にしてるにもほどがある!

スープがとにかくぬるい。
運ばれてきたばかりなのにゴクゴク飲めるスープなんてはじめてだ!

スープにコクがない!
味に全く深みというものが無い。
それなのに薬味のネギがどっさり・・・
ネギラーメン頼んだ覚えは無いのに・・・
ネギの香りと辛味が強すぎてスープの味が全くしません!

味がほとんど無いのにラーメンは異常なほどコシがある。
讃岐うどんかと間違うほどにコシが強く、ゴツゴツとした食感の麺です。
たぶんですが、まともなラーメン屋さんの少し濃い目のスープで食べたら凄く美味しい組み合わせだと思うのです。
だけど残念ながら平○食堂のラーメンスープは味がしない。

味がしないスープに必要以上なコシの麺。
客に餌を食べさせた罪は重い。

もしかしたら「平○食堂」は酷すぎるので、これで喜多方ラーメン全体の評価をしてはいけないのでは?と思いましたので、その後も何度か喜多方へはラーメンの旅に出かけたのです。
そのことについて追加しておきますね。
そうしないとフェアじゃないですからね。

感想は・・・
やっぱり不味いですよ。
「○○」(喜多方ラーメンの代名詞的な店)をはじめ大抵のお店が愛想が悪いし、「○○元」とか店内の衛生状態も良くないなー。
こけおどしの店が多いんですよ喜多方は。
やたらと分厚く切った巨大チャーシューとかね。
じゃなきゃ、物凄い枚数のチャーシューとか。
分厚く切りすぎて冷たいまんまだぞ。
味もほとんどしみていないし、つめたいから脂の部分がギトギト。
いまどきチャーシューの大きさで感動する客なんかいませんよ。
肉食文化にコンプレックスのある年代の方なら別ですが。
普通に美味しいラーメンを食べさせてくださいよ。
ギミックで食べさせるなんて邪道ですよ。

私の知人の喜多方人も「何で県外の人間が喜多方ラーメンに夢中になるのか理解できない、昔から食べてるけど普通のラーメンだよ。何の特徴も無いし・・・ なじみの店に行きたくても行列のせいで食べれない」そうだ。

派手な看板掲げたり、しつこい呼び込みをしたり、行政とタイアップするのが喜多方ラーメンだというイメージが急速に日本全国に浸透している。
虚像だけが一人歩きをはじめてしまって、地元民の力じゃどうしようもないのかな?

喜多方市役所さん、このままだと「名物に美味い物なし」の典型になっちゃいますよ、喜多方ラーメンが。

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2004/11/11

ホンコンやきそばの思い出

 人々は知っているのだろうか?ホンコンやきそばのことを・・・

 はじめにお断りしますが、この食品は北海道限定食品でありません。
 北海道の他にも仙台方面や九州の一部で販売されているそうです。
 かつては全国販売もされていたそうですが、徐々に姿を消していき、庶民の味として定着した一部地域のひとつが北海道らしいのです。

 私とS&Bホンコンやきそばの出会いについてお話しましょう。
 会話形式で説明します。

 ○○○○荘での出来事。
 「腹減ったー 先輩、何か食いもんないですかー」
 「あるにはあるけど・・・ あんまり勧められないぞ、これは・・・」
 「何でもいいから食べさせてー ホクホー行くのは面倒だし」
 「じゃ、これ・・・ この前うらべで買ったんだけど、パッケージが怪しすぎて食べれないでいたんだ」

 「なんじゃこりゃー!!!」
 私の目の前にあるインスタント麺はかつて見たことのない紋様が輝いています。

 袋には強い自己主張で『S&Bホンコンやきそば』と記されています。
 もっと凄いのはイラスト!

img1062445445.jpg

 中国人っぽい人物が描かれていますが胡散臭さすぎるのです!
 チャイナ服、細いつり目、なまずのような細いヒゲ、そして辮髪おさげ?
 今どきこんな中国人いません!
 悪意は無いにしてもインチキ臭さありすぎ!
 って言うか、人種差別スレスレですよこれは!

 しかし、食品の評価はあくまでも「味」です。
 調理を開始します。
 袋をあけるといきなり強い刺激臭が!
 さすがS&B! スパイスが効いています。
 この袋麺には粉末ソースの袋はありません。
 製造過程ですでに麺そのものにソース味が練りこまれているのです。
 同封されているのは青のりだけです。

 フライパンにお湯を沸かし麺を投入!
 おお!
 さらに香ばしい刺激臭が!
 麺が徐々にほぐれていきます。
 麺が柔らかくなり水分が蒸発すれば調理終了です。
 仕上げに青のりをふりかけて完成!

 こ、これはっ!
 美味すぎる・・・ 本当に美味しい・・・
 一応ソース焼きそば風なんですがなんともいえない味。
 他に比較しようがない味なんです。
 袋麺の常識を超越した味です。
 麺も美味しいんですよ。
 腰が強くて、ちょっと太麺でインスタント麺の標準値を軽くクリアしています。

 本州に戻ってからも食べたくなる味ですが私の地元では販売していません。
 しかし、S&Bのサイトで通信販売しているので簡単に入手できるんですよ。
 私も何度か箱買いしました(30袋入り)

 だけど私以外の家族は食べたがらないのです。
 美味しいと感じないのでしょうか?
 美味しいと感じる私の味覚が変?

 北海道人の皆様に質問です。
 数少ない『S&Bホンコンやきそば』販売地域である北海道での評価は如何に?

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2004/11/06

ディレクターズカット版よりオリジナル版が好き

旧作映画のDVD化が盛んだ。

そんな旧作の宣伝文句の多くが『ディレクターズカット』を謳っている。
ディレクターズカットってそんなに有難がる必要があるのかな?

たしかに作り手側はオリジナル版の公開にあたって不満があれば作り直したいという衝動にかられるのかもしれない。
だけど、私のように公開された当時のスタイルに思い入れが深かったりすると複雑な心境になってしまう。

音質や画質がアップすることは何とか許容できる。
しかし、ストーリーや構成そのものが公開当時とかけ離れたものになるのは、なかなか受け入れがたいものだ。

だが私のような考え方は今のところ少数派で、視聴者側も「ディレクターズカットこそ製作者が本当に伝えたかった物」として歓迎する勢力が多数派だ。

ディレクターズカットになることで作品のクオリティーは必ずしも向上していない。
むしろ映画の持つ緊張感やメッセージ性が薄れる場合があるのではないか?

個人的にオリジナル版の方が好きな作品を考えてみたい。

『ブレードランナー』
P.K.ディック原作「アンドロイドは電気羊の夢をみるか?」の映画化。
ハリソン・フォード主演。
超有名な映画なので内容説明は省くが、その後のSF映画に与えた影響は巨大で、近未来無国籍SFというジャンルを確立し、荒廃しきったバラ色ではない未来映像は鮮烈な印象をもたらした。
初公開当時はストーリーが難解で観客が感情移入しにくいということで主人公のハリソン・フォードのハードボイルド小説風のナレーションが加えられている。
アンドロイド特捜班という設定、追う者の非情さと追われる者の悲哀などが交じり合って、ナレーションがいい味わいを醸し出しているんです。
しかし、作り手側はそれが非常に不満だったらしく、とくにハリソン・フォードには不評だったらしい。

ブレードランナーは再販されるたびに“完全版”、“ディレクターズカット”と姿を変えていき、カットされた「残酷シーン」等が追加され、ついには公開当時の作品は製品化されなくなってしまった。
ユニコーンのシーンとか唐突に登場してくるのですが、何だか陳腐な印象しか残らないんですが・・・
ユニコーンに込めたメッセージはわかるんですけどね。
どうせ追加するなら“ふたつでじゅうぶんですよ”の謎が解明できるようにして欲しいものです。

本当に伝えたくない姿で作品を残したくない気持ちは理解できるんだけど、公開当時の内容に愛着を持っている私のようなファンも多いのでは?
今度DVDで発売するときはナレーション付きと無しのバージョンを選択できるようにしてほしいものです。
ワーナーさんお願いします。

『地獄の黙示録』
これも超有名なコッポラの映画。
ヘリでベトコンの村を強襲するシーンは何度見ても狂っている!
この映画も現在流通しているのはディレクターズカットだけじゃないのかな。
だけどこの映画こそディレクターズカットになって作品を台無しにしてしまった代表だと思う。
公開当時カットされたシーンを大幅に再導入したことで作品全体が異様なほど間延びしている。
オリジナル公開版がいかに研ぎ澄まされた作品だったのかが逆によくわかる結果となってしまっているのが興味深い。
余計なシーンを見せつけられたってファンは喜びませんよ。
映画はマニアのために存在するんじゃないのですから。

『ウッドストック』
伝説として語られることの多い1969年に3日間にわたって開催された音楽イベントのドキュメンタリー映画。
ドキュメントなので基本的にストーリーは無く、コンサートの準備段階から終幕までを出演ミュージシャンの演奏シーンを交えつつ、当時の世相や風俗を淡々と描いている。
ザ・フーやジミ・ヘンドリックスの緊張感あるステージは何回見直しても最高だ!
映像には登場しないがジャニス・ジョップリン等の大物も参加している。
当時はレコード会社間の権利問題などでオリジナル映像にはジャニスをはじめ多くのミュージシャンが登場することが不可能だったというのが真相のようだ。
優れたアーティストがレーベル間のしがらみで記録映画に登場しないというのは何とも不自然なことかもしれない。
しかし、1本の映画として『ウッドストック』を考えた場合、そんな問題は吹き飛んでしまう。

私はオリジナルの『ウッドストック』こそが完成形だと思う。
単なるコンサートの記録映像として観るなら現在発売されているディレクターズカット版の方が完成形に近いのかもしれない。
細かな部分までカバーしていますからね。
しかし、映像作品としての評価は別物じゃないのかな?
私はコンサートの詳細な実像が知りたいわけじゃない。
あくまでもザ・フーやジミ・ヘンドリックス等が出演していたウッドストックという“映画”を観たいんです。
コンサートの興奮や当時の熱気を極限までに絞り込んだ映画作品があれば満足なんです。
だらだらした映画は観たくないから。
オリジナル版の発売を検討してください。
(これもワーナーだ!!)

作り手側の一方的なディレクターズカット版のつきつけは、作り手側のエゴなんじゃないかな?
市場原理や視聴者に媚びることを強要しているんじゃありません。
そこんところ誤解しないで。

作り手にとっては不満だったかもしれないけれど、観る人にとっては「単なる過去の作品として片付けないで欲しい!」ってことを理解してほしい。
思い出にあんまり手を加えないで欲しいってだけなんです。
そして選択肢を残しておいて欲しい。

ディレクターズカットを販売することでオリジナルが観れなくなる悲劇を防いで欲しい。

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2004/11/04

ブッシュは本当に勝ったのか?

 アメリカ大統領選挙は既にケリーが「敗北宣言」してしまった。

 戦う当人が負けを認めてしまったのだからどうしようも無いのだが、時間が経つにつれブッシュが正当な大統領なのか?という疑念が大きくなってきており、反ブッシュを貫く立場の人々は諦めるよりも真実を追究することにパワーを割かなければならないだろう。

 今回も共和党の強い地域ではかなりの数に上ると思われる不正が行われたようだ。
暗いニュースリンク』さんの記事にも示されているように、組織的に民主党寄りの地域の投票箱が行方不明になっている。

 アメリカは本当に先進国なのか?
 選挙制度そのものが日本人の感覚では理解のできないデタラメなものなのだが、選挙の混乱振りを客観的にみるかぎり、選挙制度をはじめて導入したどこかの軍事国家のニュース映像を観ているようだ。

 呆れてしまう。
 これが自由主義国家なのか?
 驚くべき中西部や南部の民衆の知的レベルの低さ!
 『こんな連中と理解し合えというほうが無理なのでは?』と本気で考える人が大勢いるというのも頷ける。
 まさしく“2つに分断されたアメリカ”

 暗雲が垂れ込める4年間が始まろうとしている。
 しかし、希望を失ってはいけない。

 たしかにアメリカ国内には中世さながらの聖書根本主義を信条とし、自分達だけの利益を守るために銃で武装することを当然と考え、世界の真実の姿をあえて知ろうとしない土着的な民衆が多いのは事実だ。
 公共教育にかけるアメリカ政府の無策ぶりは今後も継続されるので、アメリカ人の知的レベルは近い将来には異常なレベルに落ち込むだろう。

 しかし、今回の選挙でも明らかになったようにアメリカを変えていこうとするパワーは健在である。
 大資本や保守勢力が巧妙なマスメディア操作でひた隠しにしているが、変革を求める潜在的なウェイブを止めることはできない。

 他国のことではあるが、良くも悪くもアメリカの影響力は大きい。
 アメリカが「よりマシな国」になってくれるように、私たちに出来ることを考えていかなければ。

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2004/11/01

核戦争を待望する人々

 『核戦争を待望する人々』という本が面白い。
 十数年前に朝日選書から発売されていた海外ノンフィクションの翻訳版です。
 タイトルだけだとなんじゃ?となってしまうが、極めて真面目で寒気のする内容の本なのです。
 副題が~聖書根本主義派潜入記~となっていますので、ピンッと来た方も多いのでは?

 簡単に言えば、現在のアメリカ社会で大きな勢力を誇り、政治や経済に絶大な影響力を持つ“福音派キリスト教徒”の狂気じみた実態を暴いたドキュメントなんです。

 聖書の説くこの世の終末(ハルマゲドン)、キリストの再臨は、核戦争でしか可能にならない―とする右翼キリスト教派・聖書根本主義派は、現代アメリカの大衆はもとより政界にも少なからぬ影響力を持っている。
 恐るべきハルマゲドン幻想に踊り、その舞台となるイスラエル支援に熱中する人びとの生態をビビッドに描く。(朝日選書より)

 どのくらい福音派キリスト教徒が異常な信仰をもっているかというと、

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