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2005/07/17

STAR WARS “ATTACK OF CLONE”

 十数年ぶりに触れたSTARWARSは何だかほろ苦いものだった。新たなサーガと出会えたことには感謝しなければならないのだが、無理やり自分自身を納得させようとしている己の感情に気付いた。

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 つまり、正直言って駄作と評価されても反論しづらい作品の出来栄えなんだけど、

ファンとしては「有難がりたい」心情で周囲の評価を覆い隠すのが義務である、みたいな妙な使命感。

 健全なファン心理ではないのかもしれない。
 だからこそ次回作『クローンの攻撃』への期待が大きなストレスとなって爆発寸前となった。

 はたして『クローンの攻撃』はどうだったのか? 『ファントム・メナス』で感じたフラストレーションは大幅に抑えられていた。 古典的な活劇のカタルシスが溢れていたし、派手な戦闘シーンもファンを納得させるに十分なクオリティだった。 後半にヨーダが引き連れてきたクローン部隊が使用する兵器が旧3部作で慣れ親しんだデザインに近いものだったので安心感もあった。

 AT-ATみたいな歩行兵器も登場して嬉しかったな。
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(これは“帝国の逆襲”)

 そして忘れてならなのがBGM。
 『ファントム・メナス』でもSTARWARS初の合唱付きのBGMがあって話題になったけど、『クローンの攻撃』では愛のテーマの旋律が印象深かった。アナキンとパドメがお花畑で戯れたりと古典的な恋愛模様が展開されて、これも玄人筋には評判が悪いのです。
 だけど私は凄く感銘しましたね。こんなにあからさまに“愛”そのものをテーマにしたBGMはシリーズ全体で皆無だったし、場面と見事にシンクロしていたと思ったと思いました。愛のテーマの旋律がしばらく頭から離れず困ったくらいなんですから。

 新シリーズの真ん中ということで暗い未来への予兆が所々に散りばめられていた。 ヘイデン・クリステンセンも好感がもてた。 ジェダイとしての使命を果たしながらも、肉親への愛や、悲しみ、能力への過信、鬱積した不満、僅かに垣間見れるダークサイドに通じる“邪悪さ”を秘めた瞳。アナキン・スカイウォーカーは彼しかいないと思った。
 昔から思うんだけど、ルーカスはキャスティングが上手いと思う。いわゆる“大スター”の起用にあんまりこだわらないところがね。本当にその役柄に必要な役者を探してくる。

 episode3_yoda

 『ファントム・メナス』のフラストレーションを吹き飛ばしてくれた『クローンの攻撃』。 ただ気がかりなことがあった。
 劇中にでてきたジェダイ・マスター達や修行中の多くの幼いパダワンの存在だ。
 ジェダイ騎士団はオビ-ワンとヨーダを残して壊滅というか皆殺しになるのだから、恐るべき実力をもったジェダイ・マスターもろとも幼きパダワンも皆殺しになるはず。どんな殺され方をするのだろう。どうやって皆殺しにすればファンは納得するのだろう?恐ろしいシーンだし、可哀想なんだけど思いっきりそのシーンを楽しみたいという欲望には打ち勝てそうもない。
 分かりきった物語の展開であっても、観る者の心を不安にさせる。それもSTAR WARSの凄いところであり、それがSTARWARSのもつダークサイドなのだろう。

 May the force be with you ... always

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