« Win! Liverpool F.C. | トップページ | サッカー差別 »

2007/05/26

パッチギ!

 『パッチギ!』を全面的に肯定したいと思います。

 続編が現在公開されており、賛否両論入り乱れておりますが、私は無条件に『パッチギ!』という作品を一方的に評価したいのです。

 それは、現代の日本に存在する人種問題を赤裸々に描いているからなのですね。

 人種問題というと、現在の日本では他人事のように聞こえますが、

差別が存在することは疑いようの無い事実なのですね。

 誰もが好き好んで、祖国を離れて他国に来るわけではないはずです。

 しかし、現在の情勢では、好まざる状況の下で日本で生活することになった朝鮮人の権利を主張することはタブーになってしまっています。

 当たり前の生活を求める行為すら問題視されてしまいます。

 これって、正常な感覚ではないと思うのです。

 何が正常で、正常でない感覚とは何かっての定義は難しいです。

 これからの話は、あくまでも小林よしのりなどのエセ右翼に煽られた、なんちゃって右翼を除いて進めます。

 バランス感覚のある人々を対象に話を進めます。

 右翼または民族派と称する輩は、朝鮮人を日本国内に招き入れことになった現況を論ずることなく、在日朝鮮人の基本的人権を全面的に否定、もしくは無視しようとしているんですね。

 『パッチギ!』は、在日朝鮮人のリアルな日常を描いているというか、商業的映画としてはリアルに描きすぎたから叩かれているとおもうのです。

 日本人の拉致は非常に重要な問題ですが、それだけで朝鮮人の連行の事実を帳消しにできることではないはずです。

 日本人の拉致を口実に、過去に日本人が朝鮮人に対して行ってきた歴史的な罪を帳消しにしようとするのは、都合がよすぎるんです。

 日本は戦争をせざるを得ない状況に追い込まれたと主張するトンデモな連中がいます。

 追い込まれれば戦争してもいいんでしょうかね?

 戦争という結論を選んだことは外交という手段を放棄した、当時の日本の指導者の短絡さを如実に表しています。

 他人を不幸にすることで、自分達が幸せを掴むことは正常な神経なのでしょうか?

 『パッチギ!』で描かれている内容は、全ての日本人が体験している事実なのです。

 作品内で描かれる、在日朝鮮人の悲哀は全て事実です。

 ドキュメンタリーとしても、エンターテイメントとしても、『パッチギ!』という映画は完成されています。

 平和を求めることは、誰にでも与えられている、ごく普通の権利なのであって、そこには人種や政治信条が入り込む余地は無いのだと『パッチギ!』は語ろうとしています。

 極端に偏った政治的メッセージに溢れた、東京都知事が制作したクソみたいな映画は見る価値がありません。

 特攻隊を引用した極右ごのみの戦争美化にしかすぎません。

 死にに行くことが美しいって?

 馬鹿じゃないの。

 それって変態。

 とにかく「今の若者はけしからん。昔の若者は素晴らしかった」の繰り返し。

 血を流し合って喜んでいる国粋主義者や保守主義者は短絡的。

 戦うことは美しくもなんともない。

 戦争は大規模な人殺しでしかなく、大義名分なんて後から付いた付録。

 都知事の映画を観てから評論するなんて金をドブに捨てるようなものです。

 都知事の映画が興行的に成功するなんて想像もできませんが、『パッチギ!』と同等に語ろうとすること自体が滑稽なことなのです。

 戦争を否定し平和を訴えることは、タカ派連中からは事なかれ主義だとか、現実から目を逸らしているだとか、敵が攻めてきたら黙って殺されるのか、と馬鹿にされます。

 それでもいいんです!

 常に戦争に怯え、疑心暗鬼に駆られて武装を強化するよりも、世界中の人々が平和で憎しみ合うことなく愛を語り合える世の中の方が普通なのだから。

 『パッチギ!LOVE&PEACE』は、世界中の人々が理解可能な、普遍的な価値観に満ちています。

|

« Win! Liverpool F.C. | トップページ | サッカー差別 »

「映画・テレビ」カテゴリの記事

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/43625/15202893

この記事へのトラックバック一覧です: パッチギ!:

« Win! Liverpool F.C. | トップページ | サッカー差別 »