エイシンイットオー
エイシンイットオー
大好きだった競走馬です。
競馬ファンですら、よほどのマニアでないかぎり覚えていないかもしれない、エイシンイットオー。
今回はエイシンイットオーに対する、私の偏った愛情を表現したいと思います。
エイシンイットオー
1993年3月20日生まれ
性別:牡
毛色:栗毛
所属:坂口正則厩舎(栗東)
馬主:平井豊光
生産者:栄進牧場(浦河)
父:ヘクタープロテクター(ミスタープロスペクター系)
母:エイシンギャロップ
母の父:ノーザンテースト
主な勝鞍:小倉3歳ステークス(1995年)
生涯競争成績:3戦2勝
以上がエイシンイットオーに関する主なデータです。
7月の新馬戦でデビュー戦を勝利すると、次走の小倉3歳ステークスを快勝、というか激勝!
このレースはスタートで超の付く出遅れをしました。
しかし、通常ならば届くはずがないポジションから、常軌を逸した競争能力を発揮し12頭をゴボウ抜き!
豪快な勝ちっぷりは、夏競馬デビューながらも、歴史的名馬へと成長することが確実であると私を確信させたものでした。
『エイシンイットオーは常識を逸脱した名馬である』
エイシンイットオーはクラシック戦線の主役に躍り出るはずでしたが、なぜか朝日杯3歳ステークスには出走せず。
年明けの弥生賞等のクラシックトライアルにもなぜか出走せず。
故障でもしたのかと心配していたら、皐月賞の登録馬にエイシンイットオーの名前が!
私は狂喜しました。
普通なら無謀なローテーションでしかないのですが、エイシンイットオーのことです。
常識が通用しない狂気の名馬なのですから、長期の休み明けなんて意に介さなくても結構。
皐月賞でさえ、その後に控えたサクセスストーリーのワンステップでしかないのですから。
しかし、皐月賞は15着に敗退。
勝ったのはイシノサンデー。
不可能を可能にするエイシンイットオーですから、皐月賞の敗退ぐらいはたいしたこと無いと私は解釈しました。
クラシックを手堅く勝って、こじんまりと引退し余生をおくるよりも、劇的な生涯がエイシンイットオーには似合っているのです。
皐月賞なんて雑魚にくれてやればいい!
ダービーでどう巻き返すか注目されたエイシンイットオーでしたが、その後のクラシック戦線で名前を聞くことは2度とありませんでした。
ちなみにダービーを勝利したのはフサイチコンコルドでした。
菊花賞はダンスインザダーク。
スケール感ではクラシックウイナーを凌駕しているはずのエイシンイットオーはどうしてしまったのか?
エイシンイットオーの足元にもおよばない駄馬どもが、クラシックを牛耳っていることに私は心を痛めていました。
そんなある日、競馬雑誌の片隅にショッキングな記載を発見したのです。
『エイシンイットオー競争能力喪失のため引退』
??????
競争能力喪失っていったい?
わけがわかんなくなりました。
デビュー間もない頃の激走が災いして、競争寿命を燃やしつくしてしまったのかもしれない・・・・
そんな風に私は考えることにしました。
フレディ・スペンサーが評されたように、天才の輝きは一瞬なのです。
輝きが眩いほど、燃え尽きるのも早いのです。
登録が抹消されてからのエイシンイットオーの運命を私は知りません。
競争能力を喪失した時点で処分されたのかもしれませんが・・・・
記録にも記憶に残ることはないであろうエイシンイットオー。
競馬ファンのほとんどにとって、どうでもいい競走馬の一頭でしかないであろうエイシンイットオー。
世間の評価なんてどうでもいいのです!
1996年クラシック世代の最強馬はなにか?
イシノサンデーも、フサイチコンコルドも、ダンスインザダークも小さい小さい。
こいつらは小振りですから。
勝ちきれないロイヤルタッチなんてのもいました。
最強はエイシンイットオーである!
私はいつまでもエイシンイットオーを忘れることはないでしょう。
あの1995年の夏を駆け抜けた、常軌を逸した栗毛の天才がいたことを。
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