
かつて少年チャンピオンでとてつもなく面白いギャグ漫画が連載されていた。
ドカベンやブラックジャックが連載されていた頃である。
彗星のごとく出現し、一瞬のきらめきと共に消えていった幻の漫画・・・
その名は『マカロニほうれん荘』!!!
沖田そうじ(高校1年)
膝方歳三(高校1年、落第10回生、25歳、拳法の達人)
きんどう日曜(高校1年、落第30回生?45歳、オカマ)
以上3名が主人公で「ほうれん荘3人組」と呼ばれている。
そうじは被害者キャラで膝方さんときんどうさん(落第コンビ)に居候されている。
ギャグの中心は常に落第コンビで、そうじはツッコミ担当。
ありがちな設定ですが面白かった!
いまだに絶大な支持を得ている作品である。
作者は九州出身の鴨川つばめ!
説明しにくいのだけど、この漫画はギャグ漫画としては笑いのポイントが難しい。
一度はまれば大爆笑間違いなしなのだが、万人向けの漫画ではないのだ。
少年誌に連載されていた作品であるが、作者の趣味や嗜好が濃厚に反映されていて「わかる人にはわかる」的な要素が強い。
鴨川つばめはとにかく“ロック”と“ミリタリー物”が好きなのだ。
そして“ブルース・リー”
当時全盛期だったレッド・ツェッペリンやディープ・パープル。
売り出し中だった“クイーン”や“エアロスミス”。
上記のようなメジャーなバンドを登場させる以外にもロック的な味付けが随所にちりばめられている。
なんたってジミー・ペイジが「本当に」かっこよかった時代だもん。
スターが本当に“スター”だった時代・・・
そしてミリタリー物!
はっきり言って、鴨川つばめは軍事オタクだと思う。
彼の描く武器や兵器、兵装は異様なほどリアルだ!
小学生だった私が人間魚雷「回天」を知ったのもマカロニだった!
たぶん戦記物を読みあさっていたのだろう。
しかし彼は押し付けがましくないのだ。
私は松本零士も大好きだけど鴨川つばめの場合、第2次大戦を扱った題材でも悲壮感は全く無い。
「ギャグ漫画に悲壮感は不必要だろっ」とおっしゃる方もいるでしょうが、それまでの漫画は戦争物というとなんか後ろめたさみたいなものが存在したような気がする。
鴨川つばめは格闘技全般にも造詣が深い。
「カラテ映画」がブーム後期の頃だったのでブルース・リーっぽいカットが多く、今さらながらブルース・リーが当時の世界に与えた影響の巨大さに圧倒されてしまう。
そんな個人的趣味満載の『マカロニほうれん荘』がなぜ受けたのか?
答えは難しい。
今の時代なら漫画の方向性が多様化しすぎているし、趣味や嗜好が前面に押し出されていても、興味が無ければただ無視されるだけである。
当時としても「浮いていた」マカロニがなぜ生き残れたのか。
なぜ、当時の少年チャンピオンの看板作品だったのか。
私は作品の持つ疾走感じゃないかと考える。
この漫画は読者に感情移入させる猶予を与えず、ギャグの洪水に溺れさせてしまうのです。
練りに練ったネタで笑えるオチを読者に与えるのが常だった時代に、ハイスピードのスラッシュメタルのごとくギャグのギターリフ攻撃をしかけるのだ。
間髪入れない必要以上のギャグの物量攻撃で読者に爆撃をしかける鴨川つばめ。
読者の反応は完全無視!
「黙って俺の漫画を読んでくれ!」という感じかな?

鴨川つばめは『マカロニほうれん荘』で一時代を築き、漫画界の寵児となった。
しかし彼はコミックスにして9巻の『マカロニ』を残し漫画界から姿を消した。
9巻目に収録されている連載終了間際の作品はとても痛々しく目を背けたくなる。
絵が荒れているのだ。
あきらかに作品のバランスは崩壊しており、爆発的なギャグは失われていた。
疾走感を失ったロックの末路は哀れだ。
〝もう描けないんだよ!〟という叫びが聞こえてきそうだった。
作品の終盤で落第コンビの膝方さんが実は売れっ子絵本作家だということが判明。
皆の尊敬を集めるようになってギャグをかましても笑われなくなってしまう。
笑いものにされたいのに誰も笑ってくれない。
そんな状況に息苦しさを感じはじめた膝方さんにきんどうさんは気付く。
そして落第コンビはそうじと別れ街を去る決心をする。
そうじが眠りにつくなか小舟で海に漕ぎ出す落第コンビ。
「そうじ元気でなー」
こんな悲しいギャグ漫画のラストシーンは初めてだった。
というか、こんなに鮮明に覚えているギャグ漫画のラストシーンは他に存在しない。
今読み直してみても悲しい気分になる。
「もう2度と鴨川つばめには会えないんだな」と思った。
天才のきらめきを失いコミック業界から消えたかに思えた鴨川つばめ。
しかし彼は再び我々の前に現れた。
『マカロニ2』という奇妙な作品を引っさげて・・・
『マカロニ2』のエピソードは別の機会に。
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